徒然法律ブログ

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固有名詞の話

2009年8月8日 | 斉藤睦男

 子どもの出生届出をするために戸籍係りの前に立つと、なんだか照れくさいような、誇らしいような気持ちになるものです。命名とはとても創造的なことであり、わが子が社会の一員として初登場する場面だからだと思います。
 気持ちがポーッとなっているせいか、案外ミスが起きやすいのもこの場面です。自分のことで恐縮ですが、「ここにお子さんのお名前を書いてください。」と言われて、思わず筆記が早くなりました。子どもの名前の最初の字は「伊」なのですが、伊と書いたらしいのですが、本人は気が付いてといません。戸籍係がにっこり笑い、ボールペンを手にとって横棒を伸ばして「伊」にしてくれました。戸籍係が気付いて直してくれなかったら、さぁ大変でした。活字にない字が戸籍名となり、この子は一生、僕の名前の「伊」は「伊」ではなく伊です、と言い続け、伊は常に手書きで書き続けなければならなくなったはずです。親切な戸籍係りに感謝。
 不親切な、というか、仕事に忠実な戸籍係だと、往々にして活字にない字がその人の固有名詞になってしまいます。例えば点が1つ足りないため、「裕」ではなく裕になったり、点が1つ多かったばかりに、「恵」ではなく恵になったり、という具合です。

 もっと悲惨なのは、明治のころの東北でのこと。父親が字が書けずに、戸籍係から子どもの名前を聞かれて、「ヨシエ!」と言ったつもりなのですが、戸籍係には「ヨスエ!」としか聞こえず、戸籍名は「よすえ」と記載されました。東北弁の発音で「し」が「す」になまってしまうことはよく知られています。東北なまりで「すす」と言ったら、3つの「すす」を考えないといけません(答えは最後に)。話を元に戻しますと、「ヨスエ!」といわれて「よすえ」と書いた戸籍係りは、おそらく東北人ではなく、また任務に忠実な人だったのでしょう。けれども普通の人は「ヨスエ」と聞くと「世も末」の「世末」をイメージしてしまいます。「よすえ」さんはそれを嫌がり、自分で名前は「よしえ」と名乗り、書いていました。

 閑話休題。当事務所の担当した民事事件で、名前の姓の漢字のわずかな違いで勝敗が分かれた判決をつい最近もらいました。これは朝日新聞の全国版にも載ったため覚えている方もあるかも知れませんが、「草かんむり」の間が離れているかどうかくさかんむりくさかんむり2が決め手の1つになった事件です。母親には、外国で暮している娘と、仙台には二男の妻がいました。どちらも名前は「菊川明子」。母親が亡くなりました。母親は「菊川明子」を受取人とする生命保険と「菊川明子」を名義人とする債券口座を残していました。さて、どちらの「菊川明子」のものになるかを裁定してもらうため、娘と二男の妻が仙台地裁に訴訟を提起しました。裁判所は娘の「菊川明子」のものだという判決を出しました。決め手となったことは実はいろいろあるのですが、マスコミが注目したのは、判決中の理由のうち、戸籍上の「菊」の字が、娘は菊、二男の妻は「菊」であったところ、争いになった生命保険の受取人として母親が指定した明子のキクも、債券口座を母親が作成したときの名義人の明子キクも、どちらも間の空いた草かんむりの「 」だった点です。字は身を助ける、とは言いませんが、戸籍でもらった字は大切にしていると良いことがあるのかも知れませんね。ちなみに、私の依頼者は「菊川明子」さんの方でした。
 もっとも、この判決について「菊川明子」さんの方が控訴したため、今は仙台高裁に事件が係属しています。どうなったかは、後日お知らせします。
(3つの「すす」…私が小さいとき、こう言って区別するように教えられました。いわく「天井のすす」、「動物園のすす」、「食べるすす」…これでわかりましたか?)