徒然法律ブログ

時の問題や出来事を法律的視点で綴る弁護士ブログ

青と青

2010年1月28日 | 斉藤睦男

 交通事故の話しです。十字路交差点がありました。普通貨物トラックは北から南へ、普通乗用車は東から西へ走行してきて、互いの進行道路がクロスするこの交差点に差しかかりました。トラックの運転手が見た交差点の対面信号は青、乗用車の運転手が見た交差点の対面信号も青。青と青です。当然、2台の自動車は出会い頭で衝突しました。
 信号機が故障していたのでありません。どちらかの運転手が信号の色を見間違ったか、嘘をついているのです。幸い、どちらにも怪我はなかったのですが、互いの自動車が破損したためその物損の賠償が問題になりました。
 示談交渉は難航しました。なにせ、どちらも「青信号で交差点に入った。」のですから。らちが明かず、ついに訴訟になりました。訴えたのは乗用車側で、乗用車の損害賠償を求めました。訴えらたトラック側は、トラックの損害賠償を求めて反訴を提起しました(被告が原告に対して逆に請求すべきものがあり、同じ訴訟手続の中で解決するのが適切な場合に反訴が許されます)。
 互いに訴状、答弁書、準備書面、書証、陳述書(原告と被告がそれぞれ事故に至る経緯と事故の発生状況を述べたもの)を出しあいました。乗用車の運転手(以下Aさんといいます)は、「交差点の30m手前で信号が青だったので、停止線で一旦停止したのち交差点に進入した。事故直後の現場で、トラックの運転手(以下Bさんといいます)は『黄色で進入した』、と言っていた。」と主張しました。これに対し、Bさんは「交差点の手前100mで青信号を確認した。事故現場で『黄色で進入した』とは言っていない。」と主張しました。
 尋問期日に2人が登場しました。Aさんは有能な営業マン風の30代の男性で、背広にネクタイ姿で法廷に立ちました。一方のBさんは朴訥な50がらみの男性で、作業服姿で現われました。
 まず、Aさんに対する主尋問(Aさん側の訴訟代理人の尋問)が約30分、反対尋問(Aさんの相手方=Bさんの側の訴訟代理人士の尋問)が約5分行なわれました。次に、Bさんに対する主尋問が約30分、反対尋問が約20分行なわれました。合計約90分の審理で決着がつきました。どこで決着がついたのか? ご一緒に考えてみましょう。

【Aへの主尋問】

X代理人(Aの弁護士=30代) : あなたは時速何kmくらいで交差点に向かって進行していましたか。
A : 20kmから30kmくらいです。
X : 交差点の手前の停止線まできたとき、対面信号を見ましたか。
A : はい。
X : 何色でしたか。
A : 黄色に変わりました。そのまま交差点に入ったら右からきたトラックと衝突したのです。
A : Bさんは自分は黄色で交差点に入ったと言っていました。

【Aさんの反対尋問】

Y代理人(Bの弁護士) : 先ほど、あなたは、交差点の手前の停止線まできたとき対面信号は黄色だった、と供述していますが、間違いありませんか。
A : 間違いありません。
X : 事故直後の現場でBさんは信号についてどう言っていましたか。
A : Bさんは、自分は黄色で交差点に入った、と言っていました。間違いなくそう聞きました。

【Aへの反対尋問】

Y(Bの弁護士=50代) : 先ほどあなたは、停止線付近にきたとき対面信号が黄色になったとおっしゃいましたが、間違いありませんか。
A : はい、間違いありません。黄色になったのがはっきり見えました。
Y : 尋問の前に出ているあなたの陳述書では、青信号のときに交差点に入ったと述べていますね。
A : 青信号で入ったとは書いていません。30m手前で青だった、と言っていたのです。
Y : どうして陳述書では停止線では黄色だったと書かなかったのですか。
A : やはり事故からだいぶ経っていますので、よく思い出せるときとそうでないときがありまして…。
Y : 今日の方がよく思い出せたのですか。
A : はい。
Y : 終わります。

【Bへの主尋問】

Y : 時速何kmで走行してこの交差点に向かっていましたか。
B : 50kmくらいです。
Y : 対面信号はどうでしたか。
B : この交差点の手前100m付近で対面信号が青であることを確認しました。
Y : 交差点に入るときに信号を見ていますか。
B : ……見ていません。
Y : 交差点に入るやAさんの車と衝突したのですね。
B : はい。
Y : 交通事故証明書によると事故の発生時刻がPM4:20となっていますが、そのように記載された理由をお分かりですか。
B : 現場に臨場した警察官に私が現場から携帯で110番にかけたことを話したら、その受信時刻が4:23になっていたそうで、そうしたら、110番通報がくるのは通常事故の3分後くらいだから、ということで警察官が逆算して4:20だということになりました。
Y : しかし、……
……(中略)……
Y : ところで、あなたは事故現場で黄色で入ったという趣旨のことを述べなかったですか。
B : 述べていません。ただ…、この交差点の1つ手前の交差点をわたるときそこの信号が黄色だったので、そのことは警察官にもお話しました。

【Bへの反対尋問】

……(省略)……
X : 交差点でAさんの車と衝突したとき、あなたはどう思いましたか。
B : 「やられたあ!」と思いました。
……(省略)……

 どちらの主張が通ったか、わかりましたか?
 勝ったのはBさんでした。 Aさんは、「Bさんは事故現場で『黄色で入った』と言っていた。」と主張していることと辻褄を合わせるために、尋問のときになって突然自分の方の信号も黄色だったと言い始めたのですが、これが失敗の元でした。極めて重要な点についての主張がブレたことで、信用が薄らいだのです。この点、Bさんの方が信号の色について終始一貫していました。反対尋問に対するBさんの「やられたあ!」という答えは、反対尋問者Xが予期していなかった返答で、これが「駄目押し」でした(自分は青で入っていたからこそ、思わずそのような言葉になったのです)。
 この事案は、本人尋問の結果で勝負が着いたように見えますが、実は、勝負は別のところでも着いていたのです。カギは信号サイクル表です。事件の解決のために、裁判所や弁護士会を通じて県警に問い合わせると主要な交差点の信号(歩行者用信号や矢印信号なども含めて)のすべてについて、たとえば信号①は青が60秒間続き、次に黄色が2秒間、次に全赤が2秒間で……、その間交差する道路の信号②は……、ということを図示した一覧表を出してくれます。さらに、日時を特定して、何月何日の何時何分のときの信号の色を教えてください、と頼むと、何とそれもわかってしまうのです。
 そうすると、事故の発生時刻が重要になります。発生時刻が正確に特定できれば、あとは信号サイクル表で「そのとき」のすべての信号の色が判明します。通常は、110番通報や119番通報があった時刻をもとに事故の発生時刻が推定されます。
 この事故では、警察が発行した交通事故証明書には発生時刻がPM4:20と記載されていましたが、事故直後に現場からBが110番通報するまでの行動をおっていくと通報まで2分もかかっていないことが分かりました。先ほどのBが主尋問で聞かれていたのはその点でした(中略の部分)。信号のことですから1分違うだけで状況は変わります。その結果、PM4:21~4:22というのが、この事故の実際の発生時刻であるという推定が生れ、あとは信号サイクル表と照らし合わせることで、「B=青/A=赤」 が証明されたのです。
 しかし、それでも、主張や供述の一貫性はとても大事なことです。どこから叩いてみても同じ音が返ってくれば、(よほど天才的な詐欺師でない限り)、その人の言うことは信用できます。これに対して、重要な点で、主張や供述が変遷し、その変遷の理由が屁理屈みたいなものだと、とたんに信用が失われます。真実は一貫する、それが教訓です。
 ところで、私の依頼者はA,Bのどちらで、私はX,Yのどっちなのかって?
「若い者には負けない」がヒントです。