徒然法律ブログ

時の問題や出来事を法律的視点で綴る弁護士ブログ

宝石と免責

2010年3月18日 | 斉藤睦男

 自己破産の申立をすると、以前は必ず担当裁判官と個別に面接する審尋(しんじん)が行なわれていました。裁判官が確認したいのは免責不許可事由の有無です。そのとき自己破産を申立てたのは40歳台後半のパート兼業主婦でした。不況のため夫の会社がボーナスを出さなくなり、それで住宅ローンのボーナス月の支払いが困難になり、住宅ローンを払い続けるために夫も妻も借りられるだけ借りて、ついに破産以外に多重債務から抜け出せなくなったのです。審尋の日に裁判所に行くと、若い女性の裁判官が待ち受けていました。

裁判官 あなたは、破産の申立の3か月位前にクレジットを組んで宝石(指輪)を買っていますね。12万円もする宝石ですね。
破産者 はい。
裁判官 そのころあなたの家計は火の車で、12万円のクレジットの支払なんてとてもできない状態でしたよね(註 裁判官は免責不許可事由の「浪費」や「詐欺的取引」を意識している)。
破産者 はい…。
裁判官 いま考えてみると、その宝石はどうしても必要なものでしたか。
破産者 いいえ…。
裁判官 クレジットはとても支払っていける状態ではないことが分かっていながら、しかも不要不急の高価な物を買うというのは、一体どういうことなのですか。買わなくて済んだでしょうに。
破産者 ……でも、裁判官。私くらいの年になると、商店街を歩いていて声を掛けられるのは、宝石店の店員か呉服屋の店員くらいなんです。その日、どうやったら借金の返済ができるかと悩みながら街を歩いていたら、宝石店の店員が笑顔で寄ってきて、店内に案内されました。店員は次から次と指輪を並べてくれました。その中でとても気に入った指輪がありました。店員は、この指輪はあなたにとてもお似合いですよ、きっとあなたが来るのを待っていたのでしょうね、などと言ってしきりに奨めるのです。でも、すぐに、こんなときに指輪なんか買っちゃいけないと思い、店員に、気に入ったけれどとても高くて買えません、また次にします、と言って店を出ようとました。すると店員は、電卓をはじいてみせて、ほら奥さん、クレジットを組めば毎月4200円でこの素敵な指輪があなたの物になるのですよ、毎月4000円程度なら大丈夫ですよね、と言ってくるのです。私は、借金の返済のことだけで頭が真っ暗になっていたところに突然光が差し込んできたような感じがして、ああ、それくらいなら何とかなるかも知れない、いまここで購入しないと一生後悔するかも知れない、などと思ってしまって、それなら買います、と言ってしまったのです。何で買うなどと言ってしまったのか、自分でも頭がどうにかしていたんだと思います。
裁判官 ………

 担当裁判官は、状況が分かっているなら買うのはやめられたはずだ、と思っていました。裁判官は、人間には理性があり理知的物事を考えることができる、と思っているのです。自分なら買わなかった、それと同じことは、ちょっと理性が働けば誰でもできるはずだ、と。
 もちろん、彼女のしたことは、債権者(クレジット会社)から見れば大問題であり、3か月後に破産することがもし分かっていればクレジットという信用供与を行なわなかったでしょう。破産を申立てた頃、クレジット会社は指輪の所有権留保に基づいて引き上げていきました。
 それでも、彼女は、裁判官に面と向かって下を向いたままでしたが、よく自分の気持ちを話すことができたと思います。本当にあっぱれでした。
 刑事裁判で裁判員制度が導入されますが、裁判官の理知的な考え方に対し、「でも、裁判官。追い詰められた人がみんな裁判官のように考えるとは限らないですよ。『わかっちゃいるけどやめられない』ってこともあるんじゃないですか。」と臆せず裁判官に言ってあげることが、裁判員の大事な役目の1つなのではないでしょうか。
 免責の担当裁判官は、彼女を免責不許可にはしませんでした。

 【PS】
 このブログの第1回で書いた「固有名詞の話」ですが、12月に高裁判決が出ました。結果は控訴棄却で原判決が維持され、最高裁への上告はなく確定しました。ただし、高裁は、草冠の間が離れているかどうかは重要視せず、相手方の被相続人に対する貢献の有無、程度などの点も加味して、原判決を支持しました。めでたしめでたし。