徒然法律ブログ

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証人が不出頭!?

2011年5月7日 | 斉藤睦男

 高森氏は、愕然として電話の受話器を下ろした。20数年来取引をしてきたM工業社の小川営業課長から消石灰の仕入れを断られたのだ。まさかの出荷停止である。
 高森氏が経営する高森石灰工業社は、この4月から始まるX県H清掃工場に消石灰を納入ることになっていた。清掃工場にとって、消石灰はダイオキシン対策に不可欠なもので、どこの清掃工場でも毎年3月に競争入札を実施し、年間の納入業者を決めている。高森石灰工業社は、毎年X県H清掃工場の消石灰の入札に参加していたが、今年の3月、初めて入札に成功し年間納入業者となった。消石灰の仕入先は、20数年来取引をしてきたY県のM工業社を当然に予定していた。ほかの仕入れのときと同じように、納入日の1週間前にM工業社の小川課長に電話を入れた。ところが、このときに限って、小川課長は「すまないが売れない。」と言うのだ。
 高森氏は絶句し、理由を聞いても「業界のつきあいがあるから……。」と妙に口を濁す。これでは拉致があかないので、高森氏は一旦電話を切った。一大事である。念願かなってせっかくH清掃工場の納入業者になれたのに、このままでは消石灰の注文初日の搬入すら危うい状況になった。
 高森氏は、やはり20年来の付き合いがあるX県のA社に電話をしてみた。すると、「駄目だ。お宅には売るなと言われている」。高森氏が事情を尋ねると、「P社の宮崎氏から電話が来た。ほかの会社にも電話が入っているようだ。」ともらした。高森氏は東北地方で消石灰の製造工場を持つすべての会社に電話してみた。結果は同じだった。
 1週間後の納入日に間に合わせるには、運賃が高くついても関東地方の業者から消石灰を仕入れるほかない、そうでもしなければせっかく入札に成功した納入契約なのに、H清掃工場側から取り消されてしまう、と必死の思いで高森氏は電話をかけ、ようやく関東地方にあるB社から出荷を取り付けた。搬送費を考えると利益がほとんど出ないことになったが。
 高森氏には思い当たるふしがないではなかった。X県内の清掃工場は5か所あるが、そのうちH清掃工場への消石灰の入札では毎年P社系列の2つの会社が交互に入札に成功していた。片や、X県内のI清掃工場では毎年A社の系列業者だけが入札に成功している。高森氏は、影に、P社の宮崎を中心とする「談合」のようなものがあると確信していた。「談合」を破るためには、ほかの業者の入札価格を読んで、それより一回り低い価格で入札すればよいはずだ。そこで、高森氏は今年の3月の入札で「勝負」に出て、見事、P社の宮崎氏と歩調を合わせて入札していた業者を出し抜いたのである
。  この結果にP社の宮崎氏はカンカンに怒った。「業界の秩序」を乱すことは許されない。宮崎氏は、高森石灰工業が仕入れをしそうな東北地方の全部の業者に対し、高森石灰工業社に対する出荷停止の大号令をかけた。高森石灰工業は「談合破り」の意趣返しにあったのである。
 しかし、高森氏はくじけなかった。急場をしのぐために数ヶ月間遠くの業者から仕入れざるを得なくなり、運送費が割高になった。その後は安い中国産の消石灰を輸入するなどして何とか利益を生み出したが、最初の数ヶ月間の損害額が300万円に及んだ。高森氏は、公正取引委員会に訴えるとともに、P社の東北支店のある仙台地方裁判所に損害賠償請求の民事訴訟を提起した。
 法廷では、事件の背景にある「談合」の事実の有無やP社と宮崎氏の業界に対する影響力の有無などが争点となった。ここで役立ったのは、地方自治体の情報公開条例に基づく入札情報の開示である。これでX県内の5つの清掃工場の入札状況がかなりの程度わかった。「談合」の存在を疑わしめるのに十分だった。P社と小川氏の影響力については、本件とは別のケースだったが、同氏が関係業者に命じて消石灰に関する取引経路を変更させた指示文書(FAX)が見つかった。有力な傍証である。
 しかし、被告のP社と宮崎氏はことごとく原告の主張事実を争った。そもそも、宮崎氏は出荷停止の圧力をかけることなど一切していない、と言うのである。
 そこで、原告側は、M工業社の小川課長を証人に申請した。
某月某日、小川証人の尋問期日が開かれた。小川証人が本当のことを証言すれば原告の優位が確実になる。本当のことを証言してくれなければ、原告の優勢が逆転し劣勢に追い込まれる。原告側とも被告側とも20数年来取引上の付き合いのある小川氏の証言で訴訟の大勢が決するのである。
 高森氏は、またも愕然とした。というのは、証人尋問が開始する時刻になっても小川氏が姿を現さないのである。裁判官3人と原告訴訟代理人、被告訴訟代理人が20分間待っても出頭しない。裁判長は、2か月後に尋問期日を延期し、再度小川証人の呼び出しを行った。

◆民事訴訟法193条1項 証人が正当な理由なく出頭しないときは、10万円以下の罰金又は拘留に処する。
◆同法194条1項 裁判所は、正当な理由なく出頭しない証人の勾引を命ずることができる。

 証人として呼び出しを受けたのに出頭しないことのリスクは決して低いものではない。
 しかし、小川氏は2ヵ月後の尋問期日にも出頭しなかった。
 なぜ出頭しないのか。板ばさみになって身動きがとれなかったことは容易に推測できる。小川氏は、出頭しない場合の民事訴訟法の上記のリスクと、出頭して証言した場合のリスクとを比較考量したものと思われる。出頭して原告の主張に沿う(出荷停止の圧力がかかったとの)証言を行えば、小川氏がかつて高森氏に電話で言った言葉でいえば「業界のつきあい」を悪くすることになる。場合によっては小川氏の所属するM工業社の立場が悪くなり、高森石灰工業社と同じ憂き目を見かねない。逆に、被告の主張に沿う(出荷停止の圧力はなかったとの)証言を行えば、下手すると偽証罪に問われるおそれがある。

◆刑法169条 法律により宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、3月以上10年以下の懲役に処する。

「10万円以下の罰金」や「勾引」に比べれば、出荷停止の圧力があったと証言するにせよ、なかったと証言するにせよ、どちらにしてもわが身とM工業社の破滅を招くことになる……。
   以上は、あくまでも推測であるが、問題なのは、小川証人が出頭しなかったことが、原告側に「吉」なのか「凶」なのか、である。
 裁判所は、判決の中で次のように判示した。
 「……、他方、M工業社の課長である小川一郎が、証人として採用されて2回にわたって呼出しを受けていながら、いずれも出頭しなかったことの事情からすると、被告宮崎が、消石灰の流通過程の調整等に関与し、主導的な役割を果たしていたことを強く推測させうるものである。
 原告側に「大吉」だったのである。
 そして、高森石灰工業社の請求を認容する判決が下りた。

(固有名詞はすべて仮名です。ストリーは実際のものを相当程度簡略化しています。なお、平成20年11月27日付け河北新報社会面が、この事件の仙台高裁判決を「『談合』新たに認定 ~一審に続き『圧力』も」~)と報じてくれました。)