徒然法律ブログ

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正当防衛

2011年9月24日 | 斉藤睦男

 「急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。」
 これは刑法36条1項に規定されている正当防衛の条文です。刑法の教科書や法学の授業でおなじみの概念であり、日常会話でも「あれは正当防衛だから……」などとよく使われています。正当防衛が成立すると、反撃者の行為が暴行罪や傷害罪などに当るときでも違法性が無いため無罪となります。これとよく似た規定が民法にもあります。
 「他人の不法行為に対し、自己又は第三者の権利又は法律上保護される利益を防衛するため、やむを得ず加害行為をした者は、損害賠償の責任を負わない。」
 民法720条1項本文で、反撃行為に違法性が無いため損害賠償という民事上の責任を負わないとされています。
刑事でも民事でも正当防衛が認められるケースは、ありそうでいてなかなかありません。
 これからお話するのは、珍しく民事裁判で正当防衛が認められた事件です。

 Y君(23歳)はX君(20歳)から次のような裁判を出されました。
【請求の趣旨】被告は(Y君)は原告(X君)に対し金300万円及びこれに対する平成○年×月△日から支払い済みまで年5分の割合による金員を支払え。
【請求の原因】平成○年×月△日午前0時30分ころ、X君が仲間3名と飲食店から通りに出て通りを見ていたら、向こうから歩いてきたY君がX君を睨み付ける目つきをしながら仲間と2人でX君に近づいてきた。X君は牽制するためにY君に「何を見てんだ。」と言ったところ、Y君はX君に向かって矢庭に突進してきて顔面めがけて頭突き攻撃をしたうえ、よろめいたX君に対し殴るけるの暴行を加え、全治約6か月を要する歯根破損、全治約7日間の顔面・胸部・口内挫傷等の傷害を負わせ、治療費・慰謝料その他合計で300万円の損害を与えた。
 以上が原告のX君の言い分です。

 私は被告とされたY君の訴訟代理人につきました。刑事で言えば起訴された被告人の弁護人になったようなものです。
 訴状に「仲間2人でX君に近づいてきた」書かれていたので、そのときY君と一緒に歩いていたY君の友人のA君から早速話を聞きました。A君(29歳)の話はこうでした。
「ずいぶん真夜中のことになりますが、私とY君は酒を飲み、帰ろうと広瀬通方面から一番町を通って仙台駅に向かおうとしていました。藤崎デパートの曲がり角に差し掛かったとき、藤崎のシャッターのあたりから少年が3人ほどこちらに歩み寄ってきて一言二言何か話してきました。面識のない人達でまるで喧嘩を売るかのような態度でした。Y君に『かまうなよ。』と言おうとしたとき、少年の1人がいきなりY君の胸倉を掴んで上下に激しく揺すぶり、Y君は咄嗟にその少年に頭突きを食らわして逃げようとしたところ、その場にいた3人に押さえつけられ、さらにその友達らしい仲間が7~10人どこからともなく現れて取り囲まれました。取り囲んだ仲間は口々に「こいづ やっぺや。」などと言いっているので、私は怖くなりとにかく止めに入り、Y君と一緒に謝ったところ、取り囲んだ連中が少しとまどった様子でその隙に囲みを突破して逃げたのですが、青葉通りの近くでつかまり、数人がY君に殴る蹴るの暴行を始めました。そのときに警察官が駆けつけ騒ぎを止めてくれたのです。翌日に病院に行ってわかったことですが、Y君も中手指骨折、頚椎捻挫、大腿部挫傷などの怪我を負い、喉からは血が出ていました。」

「加害者」と「被害者」の逆転です。私は当然に正当防衛による無罪、いや民事ですから請求棄却を求めることにし、A君とY君にさらに詳しく事情を聞きました。
 まず、2人は何で夜中まで酒を飲んでいたか、です。意外な事実が出てきました。2人は数年来同じ空手道場に通う道場仲間で、その日空手の練習が終わった後で国分町で2人で遅くまで飲んでいた、というのです。オット、反撃者は空手をやってたのかぁ。Y君に恐る恐る「空手は何段なの?」と聞いてみると、
 「空手は3段です。」
というのです。アチァ、よりによって3段かぁ。
 この事実をX君側は知らないようです。それを幸いに、空手のことは一切明かさない方針もありえました。加害者だと言われていたのが、せっかく被害者に立場を替えたのに、その「被害者」というイメージが台無しになるからです。
 しかし、被告(Y君)本人尋問の際には、「空手3段」の事実を敢えて法廷で明きらかにしてもらいました。そのうえで、次のように聞きました。

私 「X君の怪我で一番重かったのは歯を2本折ったことにあり、あなたの頭突きで歯が折れたことは間違いないようだ。
ところで、『頭突き』というのは空手の技にありますか。」
Y 「ありません。」
私 「その後、X君に対して空手の技で反撃したことはありますか。」
Y 「ありません。もみくちゃになって、掴まった後は地べたにうずくまって身を守っていただけで、技も何も、ただやられてるだけでした。」

 裁判官は、判決の中で「Y君は空手の技を使わなかった」「Y君は一方的に暴行を受けた」と認定してくれました。事実は事実。重要な事実を1つ隠すことによって全体の筋に不自然な点や矛盾が生じ、命取りになることがあります。むしろ、一見不利に扱われかねない事実でもそれを正直に述べたことが、その後の供述についても信用してもらえることになったのだと思います。
 もう1つ、「空手」のおかげで解けた謎があります。それは、「Y君はX君を睨み付ける目つきをして向こうから歩いて近づいてきた」とX君に指摘されていた点です。それが事実だとして、なぜY君は「睨み付ける目つき」をしていたのか。Y君は普段はメガネをかけていました。片眼の裸眼の視力が0.1でかなりの近視でした。けれども、事件のときにはメガネをかけていませんでした。それは空手の練習日だったからです。近視の人がメガネなしで何かものを注意して見ようとしたら、目をしかめることになる、そしたら……。
 そんなこんなで、本件はY君の全面勝利で終わりました。「百術(ひゃくじゅつ)は一誠(いっせい)に如(し)かず」という格言がありますが、正直が身を助けた、といえるのではないでしょうか。