徒然法律ブログ

時の問題や出来事を法律的視点で綴る弁護士ブログ

見ている景色と見えてる景色は別物

2012年8月24日 | 阿部弘樹

 次の新聞報道は、菅総理が辞めることが決まり、政治的にホットな話題ではなくなりました。ですが、このブログでの私の話の主眼は政治的なものではないので、かえって好都合と考え、題材としてはやや古くなりますが、次の新聞報道に関連してお話しさせていただきます。

 菅直人首相が(平成23年4月)13日、官邸で松本健一内閣官房参与と会った際、東京電力福島第1原発の半径30キロ圏の避難・屋内退避区域について、少なくとも10年間は居住が困難との認識を示したとの情報が駆け巡った。原発被害の深刻さを示す衝撃的な発言だけに、情報は一気に広がった。首相は同日夜、公邸に戻る際、記者団に「私が言ったわけじゃありません」と否定した。情報の発信源は松本氏が首相との会談直後に行った記者団への説明。松本氏は「10年住めないのか、20年住めないのかということになってくると、そういう人々を住まわせるようなエコタウンを考えなくてはいけないということを言っていた」と発言。時事通信が首相発言として速報した。

 上記は、平成23年4月13日にネット上に掲載された産経新聞の記事です。おそらく「東京電力福島第1原発の半径30キロ圏の避難・屋内退避区域について、少なくとも10年間は居住が困難」ということは事実なのだと思うし、それこそ少なくとも10年間は住めなくなる可能性というものを考えて諸施策を考えなければならないはずであり、首相と内閣官房参与が官邸で上記のような話をしていたことが責められるべき点はないと思います。

 この点についての問題は、「東京電力福島第1原発の半径30キロ圏の避難・屋内退避区域について、少なくとも10年間は居住が困難」ということを、「誰が」発言したかどうか、ということではなく、このような発言を聞いた場合の受け手は果たしてどのように聞くだろうか、ということへの想像力の欠如だと思います。科学的に正当な行為・発言であったとしても、話の受け手が反発を覚えるような発言は、政治的には誤りであるというしかありません。松本内閣官房参与は学者としては優秀なのかもしれませんが、政治に関わる立場の者ではないといわざるを得ません。

 同じ事実であっても、見る人によって見え方が違うのです。学者が冷静かつ客観的に見ている景色と、被災地域住民が思い入れたっぷりに主観的に見ている景色とは全く異なるのです。学者の見る景色(学者に見えている景色)も、被災地域住民の見る景色(被災地域住民に見えている景色)も、どちらも誤りではありません。しかし、何の落ち度もないのに、ある日からそこに住んではいけないと言われた人たちがいて、その人たちは1日も早く元の場所に帰りたいと思っていて、政府は早くそれを実現したいと言っているときに、被災地域住民に学者のような冷徹な視線を求めることはできないでしょう。それにもかかわらず、政府の要人が、学者であるとはいえ、マスコミの前で平然と上記発言をすること自体問題なのだと思います。

 実は、このような問題は専門家と言われる人々全員に見られる問題なのだと思います。専門家が見ている景色と非専門家が見ている景色は客観的には同じであっても、その景色を視覚でとらえ、さらに脳内で実際の像を形作る過程で、全く違う景色になってしまうのです。それなのに、専門家は非専門家も自分と同じ景色を見ていると思い込んで、その前提で話してしまうのです。非専門家は全く理解ができません。それどころか、非専門家は何か見下された感じがしてしまったり、自分の言うことが全く理解されていないように感じてしまいます。

 さらには、専門家でなくとも、例えば夫婦でも同じようなことが問題になります。同じ景色を見ているはずなのに、夫が見ている景色と妻が見ている景色が異なり、話をしても噛み合ない、違和感を覚える、それが甚だしくなると離婚に至ってしまうのです。妻はこの事実をどう見ているのか、夫はどう見ているのか、お互いの立場になって、ちょっと冷静に考えることができれば、見える景色も同じものになるはずなのですが、人間には「感情」があるので、なかなかそれができないのです。

 法的紛争の多くは、このような事実の見え方の違いをきっかけにしていることが多いのだと思います。いろいろな場面で、立場の違いから人によって見える景色は違うのだ、ということを意識してみると、紛争の予防になるかもしれません。政治の世界では不要な混乱を招くことがなくなるはずだと思います。

 と書いてきましたが、松本内閣官房参与は、平成23年8月になっても「復興ビジョン、首相に握りつぶされた」などと、菅総理在任中にも関わらず、要らぬ発言を繰り返しているようです。松本内閣官房参与の問題性は、見える景色の違いに気がつかないということ以前の問題かもしれませんね。