徒然法律ブログ

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今年の一冊

2012年12月31日 | 斉藤睦男

 「今年の1冊」をその後も毎年続けています。が、2011年末からは、あらかじめ文庫本の候補リスト(20冊くらい)を出して、スタッフや司法修習生からアンケートをとるようにしました。一人ひとりから○「読みたい本」、△「気になる本」、×「読んだ本」の回答をもらい、それを参考にその人に一番合いそうな本を私が選んでプレゼントする、という方法です。参考までに2012年末のリストを最後に掲げましたのでご笑覧ください。
 さて、今年は88冊読みました。文庫本だけではなく、新書や単行本も含まれます。ときには写真集や画集や詩集も。良かった写真集や画集や詩集は、当事務所の入口を入ってすぐ右側の待合室に置いてあります。こんど気をつけてご覧ください。
 以下には、主として文庫本以外の本から若干の私的な意見を添えて「今年の1冊」をご紹介します。

1.童話(ファンタジーから

 「童話」や「ファンタジー」というと、子どもが読むもの、実人生と関係のない絵空事、と思う方が多いような気がします。たぶん、その人は「童話」や「ファンタジー」を読んでいないのだと思う。時代小説にすると現代小説で書きたくても書けないモチーフがスルスルと書ける、と言ったのは宮部みゆきだったか。「童話」や「ファンタジー」も同じです。書けそうで書けない本質的なテーマがアラジンの魔法のランプのようにリアリティをもって立ち現れます。

★川上弘美「七夜物語」上・下 朝日新聞社

 少年と少女の成長物語、というとわかりやすいかも知れないが、そんな簡単なモノではない。10歳くらいの子供がいろいろなものに別れを告げることで、自分も親も周囲も相対化できるようになり、自分の力で判断し前に進んでいくことができるようになる、そんな物語だ。善でも悪でもない混とんを大事にすること、二項対立的な二分法や機能主義に陥らないこと、が作者が最も言いたいことのようだ。仄田くんへのおばあさんからのお叱りの言葉「考えなし(に)」も、大事なモードだ。「七夜物語」という同名の本が夜の世界を開く。この本を読むこと自体が夜の世界への入り口になるという循環(堂々巡り)構造がすごい。
 3.11の震災をはさみ朝日新聞に連載。終了にあたって川上弘美が朝日新聞に載せた文章がとても良い。<震災後の悲惨すぎる現実の中で、唯一自分から入れる現実がこの物語だった>という被災地の読者からのハガキを読み、初めて泣きながら第7章の最後以降を書いた、という。それまで私はこの新聞連載を全く読んでいなかった(酒井駒子のさし絵は印象に残っていた)が、この記事を読んでがぜん読む気になったのです。

2.つぎは外国小説の中から

 外国物は日本で超ベストセラーにでもならないと目に留まらないのがふつうで、新聞の書評(私は朝日と河北の書評欄を必ず見ている。)と本屋での一目ぼれ(タイトルや著者よりも本のカバーの印象に魅かれて買う場合が多い。)が邂逅となります。今年の掘り出し物はこの2冊。

★J・フォード「あの日、パナマホテルで」集英社文庫

 リストの中にあります。アンケートでは誰も○「読みたい本」をつけてくれなかった唯一の本。ですが、私(ワタクシ)的には今年最高に良かった本です(リストでの紹介のしかたが悪かったか?)。親子(世代)、恋愛、差別、時代 (戦争)、老いなどのテーマが詰まっていて、これほど気持が逸りページをめくるのがもどかしく、最後はこれほど終わってほしくないと思わせる本に出会ったのは久しぶりのこと。

★シャン・サ/平岡敦・訳「碁を打つ女」早川書房(単行本)

 若い女性の中国人作家がフランス語で書いた小説。「世の中は地獄の上の花見かな」(一茶)。「月やあらぬ春やむかしの春ならぬわが身ひとつはもとの身にして」(伊勢物語)。これらの挿入歌句が原文の日本語で出てくる。何ともいえずエレガントでリリシズムが漂う。丘の上で「わたし」が「私」に見守られて眠るシーンがエロスとタナトスの極地の美しさだ。夕陽の場面から始まり、大事な場面で繰り返し夕陽のシーンがでてくる。戦争と恋愛と死の小説と言ってしまうと哀しさが乾いてしまう。なんと言ったらよいのだろう。

3.評論その他

 内田樹の新書本や文庫本を今年はずいぶん読んだ。ヤワな知識人にはない強靭な知の切れ味がある。簡単にわかろうとしない、解のないわからないことを、どうわからないかを考えること、自分が現在用いている判断枠組みそのものを懐疑する力がなければ評論などできないこと、そういうことを教えてくれている。内田が紹介する構造主義、これは動的平衡論とともに臨床法学を考えるヒントになる。
 次は、福岡伸一。「動的平衡2」のほかフェルメールや対談ものも。「動的平衡」論が、新しい臨床法学の枠組みを提供する理論になりそうな直観と期待から福岡伸一を追い続けている(ただし次の小熊英二が動的平衡論に確か批判的だったっけ)。
 フェルメールだけでなく、須田敦子(随筆家)や元ちとせ(歌手)…と、彼が好きになるものがなぜか私と共通している、昆虫は好きじゃあないけど。 網野善彦という歴史家の本「日本の歴史をよみなおす(全)」ちくま文庫や「歴史を考えるヒント」新潮文庫に出会った年でもあった。伝統、通説、定説などに囚われる、というか、あたかもそれが自分の考えであるかのように操縦されていることに無自覚になっている、その恐ろしさを感じた。相対化(対自化・内田樹がよく使う前景化)こそが歴史学いや学問の要なのだろう。 今年読んだ新書では小熊英二「社会を変えるには」講談社現代新書が白眉の1冊。哲学や政治思想を相当読んでいて、それを自分で咀嚼した自分の言葉で伝えてくれる。よくぞそう言ってくれた、と感嘆することしきり。517頁の厚さで、中身は新書10冊分くらいある。読んでいて自分の頭の中に新しい発想がぞくぞく湧いてくる、久しぶりの本でした。