徒然法律ブログ

時の問題や出来事を法律的視点で綴る弁護士ブログ

牛タンの勝利

2013年1月4日 | 斉藤睦男

 仙台市内には牛タン店を営む会社がたくさんあります。そのなかではそれほど有名所ではないけれど、食材の安全・安心を第1に考え数店舗を経営している会社がありました。昨年の秋、その会社の社長が私のところに相談に来ました。
平成23年3月11日に始まる東京電力(以下「東電」といいます。)福島第1原子力発電所(以下「原発」といいます。)の事故が未だに収束していない同年7月初旬、福島県内や宮城県内で稲わらのセシウム汚染問題が報道され、続いて稲わらを食べた和牛もセシウムに汚染されていることが報道され、和牛肉の販売に待ったがかかりました。7~8月といえば夏休み、仙台七夕、お盆の季節。なのに、この一連の報道以降、牛タンを食べに来るお客が減り、お中元やお土産用の牛肉のギフトセットも売れない、商売あがったりだ、というのです。聞いてみれば、来客の7割は県外からの人で(前の年までにとっていた店内アンケートがあるのでわかる)その多くは観光客と見込まれるという。損害は営業損益(売上から経費を引いた数字)のレベルで1000万円を軽く超えそうだ、というのです。
彼は、食の安全を第一のテーマに考えて長年食品づくりをしてきただけに、原発や放射能に対しても前々から危機意識を持っている経営者でした。
けれど、東電に直接損害賠償の請求をしてもらちが明かないだろうと思われました。いまも放射性物質の拡散による風評被害ということが言われていますが、昨秋の当時においては福島県内の観光業者ならともかく、あるいは和牛の製造販売業者ならともかく、厳密にはどちらにもあたらない仙台牛タンの売上げ不振は、東電が進んで認める風評被害からまだ「距離」があったからです。

 原子力損害賠償紛争解決センターって、ごぞんじでしょうか。
福島第一原子力発電所の「レベル7」の事故のため避難生活を強いられたり、その他生活上や事業上の損害を被ったことで東京電力に対し損害賠償を請求することができます。そのために原子力損害賠償法に基づき文部科学省が設置したADR機関が原子力損害賠償紛争解決センターです。主として東京の3つの弁護士会でADRに取り組んできた弁護士が「仲介委員」となり和解仲介を行っています。本部は東京にありますが、福島県内にも何か所か事務所があります(HPあり)。微妙な問題なのでここに申し立てて公正な第三者である仲介委員の判断を仰いでみよう、ということにしました。 平成24年6月から和解仲介期日が始まりました。弁護士の仲介委員が3人つく合議制でした。申立後の審理継続中に増加した減収分の損害は追加請求していきました。原発事故から1年以上を経過した時点で牛タン店の売上げは回復基調となりましたが、お中元やお歳暮商品の売上げ減は前年と変わりませんでした。結局、総請求額は約1900万円になりました。

 申し立てる際に、社長が危惧していたことが1つだけありました。牛タンは「仙台名産」とはいうものの、実は仙台牛タンの原材料は外国産の牛肉だという点です。お客さんにはそれを知って食べにくる人もいるが、牛タンはてっきり仙台牛だと思い込んでいる人も多くいるとのこと。
進駐軍といって太平洋戦争終戦後アメリカ軍が仙台にも駐留しました。アメリカ人の大好物はといえば牛ステーキ。彼らはアメリカからたくさんの牛肉を持ち込みました。けれども、なぜか彼らはタンの部分は食べないで大量に捨ててしまうのです。これを見た仙台の人が「もったいない。」と思い、これを調理すればおかずになる、と誰かが考えたことから、仙台名産の牛タンが誕生したのです。 つまり仙台牛タンは外国産の牛肉です。というわけで、セシウムで汚染された稲わら → 食べた和牛がセシウムで汚染 → 和牛肉の出荷停止 → 関係事業者に多大な損害、という因果関係の流れから、仙台牛タンは除かれる商品である、ということになります。
 予想どおり、和解仲介期日で、東電はその事実を突いてきました。いわく、『仙台牛タンはもともと外国産なのだから、稲わら問題とは無関係で安全ですよ、と宣伝すれば良いだけのことではないか?』、『今まで外国産だということを黙って商売してきてお客さんに和牛という誤解を植え付けておいたことの当然のむくいだ』、とまではさすがに言いませんが言外のニュアンスはこんなもんでした。
 私たちは主次のように主張しました。人々は考えたこともない放射能被ばくという問題に直面した。原発事故について政府や東電は正確なすべての情報を開示しないでいる。そのことに対する人々の不信の根は強く、伏せられている情報がたくさんあると感じている。人々は、これはと思うわずかな情報をもとにとっさに自分でリスク判断することを迫られる。仙台牛タン(宮城)→牛→稲わら→セシウム→原発事故(福島)という連鎖が瞬時にして生まれ、この回路では情報不信から「牛」⇒「セシウム」という短絡(ショート)がたちまちにして発生し、もしかして…避けておいた方が無難かな、となる。仮に、国や自治体や店が「仙台牛タンは安全ですよ」いくら宣伝しても、かえってそれが(本当は危険なのに情報を隠しているのではないか?と)逆効果になる。それが風評被害である。
 仲介委員の反応はどうだったか。仙台牛タンは外国産であり風評被害とは無関係であるという先の東電の主張を聞いて開口一番「いやいや、『風評被害』なんてぇのは、概してそんなもんじゃないんですか」。フーッと肩の力が抜けました。
 実際のわれわれの準備書面(意見書)の一部を抜粋して示します。多少難しいことをこねくり回していますので読みづらいと思う方は読み飛ばして次に進んで下さい。

1 被申立人(注;東電のこと)は、米国産牛に風評被害は認められないことを論拠に風評被害の発生を否定的に見ている。
 本件牛タンが米国産であるかどうかの点はさておき(外国産ではある)、「米国産牛に風評被害は認められないこと」という被申立人の議論の立て方自体が誤っており、それは被申立人の「風評被害」に対する理解が的確ではないことに基因している。
2 風評被害は、人々のリスク認識のバイアスに起因して発生する。牛タン飲食店の風評被害において問題とすべきは、それが米国産牛か否かではなく、国産牛のセシウム汚染報道による消費者のリスク認識が、仙台名産牛タンにまで及ぶか否かである。
 リスク認識上のバイアスが発生する条件は、①発生確率が低い事象であり、かつ②客観的なリスク情報が信頼されず消費者が独自に判断する傾向が強いことである。そして一旦風評被害が発生すると、たとえ消費者に商品等のリスクに関する正確な情報が周知されたとしても、なお風評被害は残存しえることになる(いわゆるプロスペクト理論。NBL№982の98頁)。
3 放射性物質の内部被ばく問題は、上記の①と②の条件がよく当てはまる問題であることは今となっては周知の事実である。リスク認識上のバイアスが発生する前提条件は満たされている。そのことに加えて、福島県のみならず宮城県でも稲わらセシウム汚染問題とそれによる牛肉汚染問題に一般消費者が遭遇していること、牛タンは仙台名産品と謳われていることから、リスク認識上のバイアスが牛タンに及ぶ社会的条件も存在している。そのため、たとえ消費者に仙台名産の牛タンのリスクに関する正確な情報が周知されたとしても、なお風評被害は根強く残存するのである。
以上により、牛肉汚染問題による「リスク認識上のバイアス」は間違いなく発生し、そのために仙台名産の牛タンに対する風評被害が生じたことは動かせない事実となっているのである。
4 ところで、「平均的・一般的な人を基準として」放射性物質の内部被ばくに対する不安を考える場合、そこでいう「平均的・一般的な人」とは何かを改めて考える必要がある。つまり、平均的・一般的な消費者には、一定の問題については上記の「リスク認識上のバイアス」が発生するのがつきものなのであり、それゆえ「平均的・一般的な人」は必ずしも客観的に合理的な意思決定をなしえない存在であることを我々は認識すべきである(それだからこそ、一般の消費者保護のためにクーリングオフ制度が設けられたり消費者契約法が立法化されたりするのである)。
5 被申立人の主張は、一般の消費者は、放射性物質の内部被ばく問題について、すべからくリスク情報を信頼し、完全に合理的な意思決定をする、という誤った前提に立つものであり、失当である。

 ところで、私たちが予想していなかった論点がありました。会社は牛タン店だけを営んでいるのではなく別部門である一般食材の販売なども行っているところ、牛タンの売上げが激減したのに対し別部門の売り上げは原発事故の前後を問わず増大していました。それは、この会社の長年の食品の安全管理と営業努力と信用の積み上げによるものですが、東電は『別部門で売り上げが増大し会社全体として利益が上がっているのだから損害はない』という主張を出してきたのです。
 これに対し、社長はなんと言ったか。「怪我を右手に負わせておいて、その代わり左手でご飯を食べるようにしたからといって、右手に怪我を負わせた責任がなくなるとでもいうのか。」とすぐさま反駁しました。法律論による反論よりもずっと説得力があったような気がします。

 振り返ってみて、風評被害の大もとにあるのは情報の隠ぺいです。私たちには知らされていないという疑心です。それが風評被害という問題の本質であり、原発事故(の国家的・電力会社的対応の仕方から生まれた)副次被害だということを訴えたこと、それが仙台牛タンが勝利した勝因だと思います。
 もう1つの勝因は、原子力損害賠償紛争解決センターが平成24年8月24日に決定総括基準12です。H24.8.24といえばちょうど本件の和解仲介手続が大詰めを迎え、これから仲介案が出される矢先の時期でした。この総括基準12は、「青森県、秋田県、山形県、岩手県、宮城県及び千葉県に営業の拠点がある観光業において本件事故後に発生した減収等の損害については、少なくともその7割(未成年者主体の団体旅行に関する減収等の損害については、その全部)が、本件事故による放射性物質による汚染の危険性を懸念し、敬遠したくなる心理によるものであり、かつ、当該心理は平均的・一般的な人を基準として合理性を有しているものと認められる。」とするもので、要するに旅館などと宮城県を含む観光業の風評被害に関して減収分等の7割について原発事故との相当因果関係を認めたものです。これについては同センターのHPでご覧ください。
 以上の次第で、約1300万円の損害が認められ、平成24年12月に和解が成立しました。